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  • バーラが咲いたバーラが咲いた♪(02/05/05)
  • ひどい話(02/05/11)
  • おばあさんのバラ(02/05/17)
  • ワールド・カップ・サッカー!(02/06/04)
  • 自分のなかの真実(02/07/01)
  • 花が開くときのように(02/07/11)
  • ねむれぬ夜に(02/08/31)
  • いま受け入れることのできる癒しとは何か?(02/09/13)
  • クリスマスの奇跡(02/12/28)
  •  

     


     

     

    ■バーラが咲いたバーラが咲いた♪(02/05/05)

    冬から育てていたバラたちが咲き始めました。いとウレシ。。
    すごく手間と愛情をかけないと、なかなか花を咲かせてくれないので、その分もまた嬉しい。ちなみにこの子の名前は、スーパースターあらためるとスゴイ名前 だなぁ・・・。このカメラだと赤が鮮やか過ぎて表現できないのが残念

     


    ©Taeko Yuchi 

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    ■ひどい話(02/05/11)

    中国で日本の領事館に亡命しようとした家族の映像を見たけれど、領事館の対応のひどさにあらためてビックリした。治外法権の領事館に侵入されたことが、対応の甘さとして大きく取り上げられたけれど。私は目の前で人が捕まって泣叫んでいるという異常な状況で、関係ないがのごとく傍観しているだけの役人の姿のほうがショック大きかった。

    関係ないっていうがごときあの態度には、日本という国に守られて自分のポジションだけは絶対安全と思っている奢りとか、目の前の人間を同じ人として扱わない間違った優越感とか、何かいろいろなものが見えてしまったと思う。侵入されるなんてだけでもダサすぎるのに、おまけに人の命にかかわるかもしれない非常事態なのに平然として・・・・。あの場面 では、親子をひとまず保護して警官を追い払わなくちゃいけなかったのに。なんでそおいう普通 に当たり前のことができない?!勉強ばっかし過ぎで、普通の生活してこなかったんだろうか?

    電車で平気で女の子を突き飛ばしたりする、自己中な日本人のおじさんにありがちなタイプなのだが、まったくひどい。報道されてた彼等は、外交官僚、国際人ってやつで日本の社会じゃエリートじゃない。。。かと思えば人道的援助には情熱的だけど、なんか違った方向なんじゃない??っていうような総理大臣がいたり。。。。日本、なにかがおかしくないだろうか?日本のおじさん頭いたすぎる。。。

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    ■おばあさんのバラ(02/05/17)

    またもう一種大輪咲きのバラが咲いた。この子は、クイーンエリザベスといって20年くらい前の人気種でいまでもちょっと古い家だと、このバラが大きな株で咲いていたりする。以前露地植えにしていた古い大きな株を、根が病気になって大手術で切り分けて鉢に移したもの。今年はやっと一輪だけ咲いた。この子は種をとって、一度種から栽培してやらないと、もうおばあさんのこの株では昔のように大輪の花をいくつも咲かせることはできないだろう。でも、老いてもがんばって健気な花を咲かせていて。これはこれできれいでしょ。

     


    ©Taeko Yuchi

     

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    ■ワールド・カップ・サッカー!(02/06/04)

    ワールド・カップ2002日本の初戦対ベルギー。2対2の引き分けでした。えっ!っていうようなちょっと消化不良な終わりかただったけど、4年まえの全敗にくらべたら断然進化しました。ヨーロッパのチームと互角で戦って引き分けたんだから、これはよしとすべきでしょ。

    Jリーグ開幕当時、自宅から10分の距離にホームグランドがあったクラブチーム。今はなきフリューゲルスの追いかけをやっていた私としては、うれしい2対2でした。。。ひさしぶりにサッカーへの情熱がフツフツした日でした。三ッ沢競技場に通っていたころからお馴染みだった楢崎くん、ゴール前のプレッシャーのかかる試合よくがんばりました。エライ。。

    ひさしぶりにいいニュース、ガンバレ日本!

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    ■自分のなかの真実(02/07/01)

    日々の暮らしのなかでいろいろな選択をしてゆく時に自分が本当に欲しいものが、いつもしっかりわかっていられれば人生怖いものはないだろうと思う。

    エゴとか人間的な欲とか常識とかに阻まれて、本当に自分が欲しいものやしたいことがわからなくなってしまう。でも、注意深く自分を観察していれば自分のなかの真実はフトした瞬間にわかる。感情や損だ得だとか常識など一切関係なくシンプルに、もし選択がまちがっていれば「ただそれは違う」・・・とわかるのだ。

    その後にエーッと思うときもあるけれど、そのヒラメキが自分のなかの真実だ。そして真実にそって人生を選択してゆくというのは、簡単にできることばかりではなくて遠回りに見えることや面 倒なこと一見辛くみえることももちろんある。それ故に自分のなかの真実を知りたくないという無意識の防衛機構が働くなんてことはしょっちゅうある。

    人はよく自分が本当になにをしたいかわからないとよく言う、でもわからないのではなくて本当は知ってしまったら、いろんなことが都合わるくなるから知りたくないだけなのだ。自分はまだ本当の自分を知りたくない・・・と言うほうが、自分に対して正直だと思う。

    ヒラメキはいわゆるお導きとかガイダンスなどといわれるもの。もちろんガイダンスにしたがうかしたがわないか選択は自由だ。

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    ■花が開くときのように(02/07/11)

    わたくしがこの人生でもっとも欲しいと全身全霊で熱望するものは、わたくしの外からやってくるのではなくて、わたくしのハートのなかからこの世界にやってくる。

    それは力によってこの世界に引きずり出されるのではなく、まるで花が朝起きたら咲いているように、優しく自然に気つくとそこに現れている。

    花が開くときを待とう。そしてそれが咲いたときその姿を見落とすまい。。

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    ■ねむれぬ夜に(02/08/31)

    あなたはいつもここにいて、いつも見ていたとおっしゃる
    わたしが心を開くとき、あなたを呼ぶときはいつもそこにいたとおっしゃる

    わたしが求めているものはこれでしょとわたしを抱きしめてくださる
    そうこのエクスタシー、わたしが永遠に求め続ける真実の充足
    そうですこれがわたしの求めていたもの

    これからもずっとここにいるよとおっしゃる
    わたしがこの地上でわたしの絵を上手に描くことができるように
    わたしが道に迷うことがないように
    わたしの手を引いていつも光りの方向を目指せるように
    どんなに暗くても叡智に心を開いていられるように
    辛抱強く時を待てるように

    わたしがいつも世界に微笑んでいられるようここにいるよとおっしゃる

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    ■いま受け入れることのできる癒しとは何か?(02/09/13)

    癒しは私のこの日常に充ち充ちているのに、受け入れる事ができずに通り過ぎていっている可能性が沢山あるのだと思う。
    例えば人間関係のやるせないやりとりだって、そこには癒しに繋がるドアが隠れている。勇気をもってそのドアを開けようと努力すればきっと、幻想の辛さを抜けて新しいステージに行けるに違いない。
    日常に逃げこんじゃだめだ! 自分と本当に向き合わなくちゃ。
    今現実に起こっていることはどんな事?
    私がいつも無意識に避けているのはどんなこと?
    今この瞬間受け入れることができる癒しとは何か?
    今いったいどんな恩寵が降り注いでいるのか?
    そしてすでに受け取っている恩寵に気づき感謝すること。
    私は、いつも叡智に開かれいて、今ここで起こっている真実が見たいと願う。もし何かを変える必要があるならば、どんな犠牲をはらってでもそれをいたしますと誓いをたてること、変えられないと思うものが変わるようにと祈ること、変わるかもしれない可能性を信じるて心を開くことが大切と思う。

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    ■クリスマスの奇跡(02/12/28)

    イブの夜初めてクリスマスミサに参加してみた。人は人と奉仕しあいたいから、クリスマスは大切な人にプレゼントを贈りあうんだなって、当然といえば当然のことを再確認する。教会の空間にはミサに出席した人びとと共鳴する恩寵が充ち満ちていて、身体が暖かいエネルギーにつつまれて意識が次元を超えていく。。。しいて言葉でいうなら「尽きる事のない喜びと感謝」。
    私の生活の物理的な条件は何も変わっていないのに、恩寵が心を開かせ心身を満たす。これがクリスマスの奇跡なのだと思った。

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