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(updated: '10/04/06)

 

 

アッシジ聖フランチェスコの平和の祈り

神よ、わたしをあなたの平和の使いにしてください
憎しみのあるところ、愛をもたらすことができますように
いさかいがあるところに、許しを
争いのあるところに、平和を
分裂のあるところに、一致を
迷いのあるところに、信仰を
誤りのあるところに、真実を
絶望のあるところに、希望を
悲しみのあるところに、よろこびを
闇のあるところに、光をもたらすことができますように、助け導いてください

神よ、わたしになぐさめられることよりも、なぐさめることが
理解されることよりも、理解することが
愛されることよりも、愛することができますように

なぜなら、与えることによって、与えられ
自分を捨てて初めて自分を見出し
許すことによって、許され
死ぬことによって 永遠の生命を与えられるからです

鈴木秀子訳:同氏著作「絶対幸福の尺度」から引用

 

去年2000年の暮れくらいから、違ったメデアでこの祈りをしばしば見つけるので、不思議なシンクロニシティを感じていました。私もこの祈りに出会い、大いなる癒しの手に包まれる経験をしました。大変素晴らしいので是非たくさんの人に、見つけて欲しいです。

以下「絶対幸福の尺度」を参考に彼の紹介をしてみましょう。フランシスコは1181年イタリアのアシジの富豪の家に生まれます。裕福な家庭でなに不自由なく、おおらかに我がままな暮らしを送るのですが、戦争の経験により投獄と重い病気を患い彼の人生は、全くその時点から変わるのでした。「貧しい者、打ち捨てられた者の友として生きよ」という不思議な声に導かれ。24才でローマに巡礼にでかけ、自ら乞食の境遇を選びました。彼は[泉からのひとすくいの水、慈悲深い方からのひときれのパン、星のまたたく大空の下の宿、こおいったもの以外に何ももたないという生活が、この世にありうるというよろこび、それを感じた]とあります。

また彼は小鳥に説教をしたということでも有名な聖人です。小鳥達にあなたたちは縫うことも紡ぐことも知らないのに、神はみなさんに着物を着せています。その他にも神があなたたちを、どんなに愛していて、どんなに恵みを与えているか忘れずに感謝して暮らしなさいといったそうです。説教をする彼のまわりに小鳥達が集まって、彼の話に聞き入ったというからなんともファンタスティックな情景です。

また彼の説教は小鳥のような、可愛らしいものたちへだけではありません。あるときオオカミが村を荒らして、人や家畜を襲うと聞いて、このオオカミに説教しようとします。初めはオオカミも彼に襲いかかろうとしますがフランシスコが「私の他には誰も、害をあたえてはならない」と言い聞かせます。するとオオカミが彼の言葉に、足下に平伏したということです。

ここで彼のカッコいいところは、オオカミに、お前は人や家畜を殺した罪があるとはっきりと言って教えることです。お前はお腹がすいていたとはいえ、悪いことをしたのだから、殺されても当然なのだよといいます。しかしお前も生きてゆくために、しかたがなかったことはよくわかる、村の人々がお前に食べ物を恵んでくれるように頼んでやろう、だから人々と和解するなら、お前を許そうと言ったのです。スゴイ! 何の解決にもならない説教ではなくて、現実をきちんと把握した問題解決の方向を提案する聖人。なんて骨のある人なんでしょう!優しさと強さの両方を持ち、天と地の道理と分別 をわきまえる、なんと素晴らしい人格。
こおいう人の言葉はけして風化しないのですね。800年も昔の祈りなのに、現代のインターネットの時代に生きる私にも、当時と同じ癒しをもたらす。